データ流通市場の歩き方
データ産業のランドスケープを16の業界テーマ別に紹介します
概要
データ流通の分野で働くすべての方に向けた「市場のガイドブック」です。16の業界テーマ別に、関連トピックの注目例とその動向を解説しています。これまでAPIエコノミー、EdTech、行政オープンデータ、社会調査の方法、スマートシティ、地理空間データ流通などを取り上げてきました。しばらく休止していましたが、再開に向けた準備を進めています。
業界ニュースや技術解説は、他のすぐれたウェブサイトが扱っていますので、「データ流通市場の歩き方」編集部では、記者が1つのテーマをじっくり調査して、中長期の見通しを概観することに重きを置いています。図表やデータをたっぷり用いながら、平易な言葉で分かりやすい「読みもの」にしようと心がけています。
更新頻度は数ヶ月に一度と少ないですが、「月日が経っても読み返して面白い」をモットーに、みなさまにより信頼できるビジネスストーリーをお届けできればと考えています。
これまでの記事一覧
16の業界テーマ | 記事 |
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地理・道路交通・自動車 : |
「モビリティの未来と地図データの課題を、道路交通ビジネスの歴史」 |
住まいと安全: | 住宅化するスマートシティ、都市化するスマートホーム |
世論・流行・意識調査: | 徹底整理!ビジネスに本当に役立つ世論調査・社会調査の手法とは |
政治とお金: | 行政オープンデータの歴史に学ぶ、データ公開の制度と実践 |
出産・子育て・教育: | ひとりで学べる育児ハックとEdTechの現在 |
データ流通とプライバシー: | APIエコノミーとはなぜそう呼ばれたか ―用法と事例― |
家庭と暮らし: | 多様化する生活者データを俯瞰する |
気象・地球環境・宇宙: | 気象・気候情報、動植物の生態系、海洋系、宇宙開発など自然環境のデータを取扱います。 |
病気と健康: | 医療、ヘルスケア、製薬、社会福祉などのデータについて取り上げます。Health-Techや医療統計なども取扱います。 |
製造・工業: | 製造・工業に関わるデータを取り上げます。 |
ジャーナリズム・図書情報: | 調査、報道、年鑑、白書、要覧などのデータを取り上げます。紙かデータかは問いません。 近年では、データマイニングや機械学習、CMS、SNSを用いた新手法の導入が試みられています。周辺産業における注目すべきデータを集めます。 |
分析技術・学術情報: | 分析ツールや処理基盤、クレンジングサービスなど広義の「分析技術」を紹介するほか、論文データベースや学術情報検索、その他アナリティクス・ソリューションも取り扱います。 |
企業経営とビジネス情報: | 信用情報や取引データ、特許情報、市場調査や産業統計など、各業界で古くから使われてきたデータを取り上げます。労働・職場のデータ、法人・団体のデータなど、近年に取得端末の普及やデータ基盤の整備が進む分野のデータについても扱う予定です。 |
経済指標・エネルギー: | 人口(デモグラフィ)や金融・経済指標、資源・エネルギーのデータに加えて、市場・産業動向を示すマクロ指標も取り扱います。 |
農林水産・食糧生産: | 農業、林業、牧畜業、漁業、水産業など、自然界に直に働きかけて資源を得たり、得た資源を加工する分野のデータを取扱います。また、食糧需給や生産指数、国際統計などの統計データもピックアップする予定です。 |
広告・メディア・芸術: | コミュニケーションやコンテンツにまつわるデータについて取り上げます。 メディア(TV・ラジオ・映画・出版・ゲーム・ネット)のデータやコンテンツ・娯楽・芸術のデータだけでなく、スポーツ・競技のデータ、観光・旅行のデータも扱います。 |
「データ流通」とは
ところで、そもそも「データ流通市場」とは何なのでしょう?
語源は諸説ありますが、「データ流通」の訳語には、data distribution,data circulation,data flow,data exchange,data flowといった単語が用いられていて、19世紀にはすでに用例が見られます(Google N-gramで当社調べ)。
もっとも、この言葉が活発に使われ出すのは1950年代以降のことでした。コンピュータの研究開発が進むにつれて、少しずつ一般に使われる語になりました。どの語も人気のピークは1980年代後半から1990年代前半にかけて。これは家庭用パソコンの登場と重なります。
その後は、ネット利用の普及(internet, web, social media)に関心が移り、「データ流通」にまつわる言葉の使用は落ちついていきます。ところが、2018年頃から再び上昇の兆しが見られていて、どうやら新しい用法が定着しつつあるようです。
それらの「新しい用法」を分類すると、大よそ6つの観点で使われています。
1. 国際的なデジタル経済圏の協調・競争枠組み
2. 高機能端末、次世代通信網、機械学習の戦略PR
3. IT投資促進のための政策メッセージ
4. 組織内外の知識・人材ネットワーク形成
5. 情報システム間のより簡便・迅速・広範な連携
6. 法人向けデジタルコンテンツの流通増
ひとつずつ解説していきましょう。
どうして「データ流通」が注目されるのか?
1. 国際的なデジタル経済圏の協調・競争枠組み
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国家間のパーソナルデータの流通を含め、国際的なデジタル経済圏の協調や競争の枠組みをどう作っていくか。この問題は、コロナウィルス感染症の流行下にある国際社会にとって、極めて重要な政治イシューになりました。Google, Apple, Facebook, Amazon, Microsoftなど米国発のグローバルIT企業に対する各国政府の影響力が強まる一方で、アリババ、バイドゥ、テンセントなど中国発の企業も急成長を続けていて、米国・EU・中国・日本はそれぞれの技術標準や法制度、産業育成に努めています。
2. 高機能端末、次世代通信網、機械学習の戦略PR
昨今出てきた高機能な端末(IoTデバイス)や次世代通信システム(5G)、機械学習(AI)を、世の中に広めていくキーワードとして使われることがあります。さまざまな機器・サービスを安心して使うには、安全なデータの流通ができるネットワーク、セキュリティ、ガバナンスが欠かせません。データ品質、データマネジメント、来歴管理(データリネージュ)など関連技術の開発も盛んで、活況を呈する分野です。
3. IT投資促進のための政策メッセージ
経済産業省や総務省、内閣府IT戦略室など、我が国の情報政策に関わる省庁が、日本の民間企業や自治体、学校にIT投資を促すために、ある種の政策メッセージとして「データ流通」を掲げることがあります。業界団体の設立や委託事業の実施、行政のデジタル化(DX推進)などを進めるときでも、最後に鍵を握るのは、やはり一つひとつのデータなのです。
4. 組織内外の知識・人材ネットワーク形成
株式・証券のようにデータを「交換財」として売買するのではなく、「知るべき人のところにきちんと情報が行き渡ること」や、「世の中や組織の中にあるデータをきちんと使いこなすこと」を指す場合もあります。「社内のデータ流通が停滞している」といえば、データ取引が進んでいないのではなく、職場のファイル管理や知識マネジメント、報告・連絡・相談フローの渋滞、社内データベースの使いづらさなどを暗に意味しています。日本の組織は他の先進国と比べてIT化が遅れているとされ、華やかなトレンドワードに隠れた根深い問題がそこにはあります。
5. 情報システム間のより簡便・迅速・広範な連携
APIを介したデータの連携や、データマネジメントプラットフォーム間で顧客データ、オーディエンスデータを受け渡すときにも、「流通」という語が用いられます。より簡単に、スピーディーに、幅広い関係者間で情報をやり取りするだけでも、データエクスチェンジ、データフロー、データマーケットプレイスといった呼称が使われています。古くからあるITコンサルティングの一分野として、「データ流通」に関心が寄せられているのです。。
6. 法人向けデジタルコンテンツの流通増
データを活用するというと、たくさんの数値や統計表、難しい数式を扱うと思われがちです。しかしそれだけではなく、音声や動画、資料など、デジタルコンテンツの流通が法人間で増えていくことも、データ流通の活性化につながる道すじと言えます。若年世代はスマートフォンでの動画コミュニケーションや、メタバースに没入するゲーム体験に慣れ親しんでいます。年長世代がそれらの流行に気づき、理解して、組織に新しい価値観を広めていくこと。これも広い意味での「データ流通」だと言えるでしょう。
このように、「データ流通」という語だけとっても、さまざまな文脈で多様なことを表現するために使われています。「データ流通市場」という言葉もまだまだマイナーで、世間に知られているとは言えません。よく似た言葉も生まれては消えていく一方で、データ取引市場、データ市場、データマーケット、データマーケットプレイス、データエクスチェンジプラットフォームなど枚挙に暇がありません。
「データ流通市場の歩き方」編集部は、実体のない浮いた言葉を無節操に言いふらすのではなく、データ流通の最前線で現に起きていることを、業界ごとの事情、歴史とのつながり、業種ごとの文化のちがいを尊重しながら、時代の流れをより長い目で追いかけられるような記事づくりに取り組んでいきます。次の更新は、冬が終わるまでには行う予定です。どうぞご期待ください。